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Penguin Diary

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webデザインをお仕事にしている、元アパレルバイヤーの日常記録です。

18 : books【ゴールドラッシュ】柳美里

 

ゴールドラッシュ (新潮文庫)

ゴールドラッシュ (新潮文庫)

 

 

 

この本の初版は2001年。

わたしがまだ中学生の時代だった。

 

通っていた私塾の先生の本棚にこの本はあった。

ゴールド1色の表紙に、ゴールドラッシュの文字のみの

いさぎいい装丁にひかれた。

ちょこちょこ先生の書庫から本をかりていたのだが、

先生はいつも一言私に声をかけてくれた。

 

その時は、

「この本の作者の名前は、ヤナギミサト、じゃなくて、ユウミリ、と

 よむんやで。」

 

と言ってくれた。ただ、それだけだった。

 

勉強もそぞろに読み進めたこの本はただひたすらに過激だった。

脳が腐って溶けて消えてなくなるかと思った。

この作者の表現力と巧みな構成力はすさまじかった。

文字を追えば脳内で事細かに再現された。

私はただの傍観者となり、繰り広げられる残忍でグロテスクなシーンの連続に

ただただ足がすくんだ。

 

あらすじーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

風俗店が並び立つ横浜黄金町。14歳の少年は、中学を登校拒否してドラッグに浸っている。父親は、自宅の地下に金塊を隠し持つパチンコ店経営者。別居中の母、知的障害を持つ兄、援助交際に溺れる姉など、家庭崩壊の中、何でも金で解決しようとする父に対し、少年が起した行動とは……。生きることはゲームだと思っていた少年が、信じるという心を取り戻すまでを描く感動的長編。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

当時、児童の猟奇的殺人事件が相次いで取沙汰されていた中での

出版物だった。


物語の主人公の父親は、パチンコ大手チェーン店の

暴力的なワンマン・オーナーだ。

少年には兄と姉がいるが、兄はウィリアムズ症候群と呼ばれる遺伝病だった。

姉は高校をサボり、遊び歩く不良だった。

父は姉に暴力を振るい、強姦していた。

母親は、父親の拝金主義で暴力的な様を嫌悪した。

また、兄の複雑な病気は父親のその主義価値観のためとし、

救いを求めて家を飛び出し、新興宗教の信者になっている。

 

 

なんでも金で解決する実の父を、人間のクズである父を、

自らの人生が狂った根幹である父を、少年は殺した。物理的に。

ただ、そうすれば自分の人生が好転するとか

なにがしかの希望的観測があったわけではない。

そして、その後どうするかの計画があったわけではない。

歪な家庭環境で育まれた少年は既に少年らしからぬ少年であったが、

やはり少年であった。

 

背景に描かれる日本の蒸した夏が、物語の生臭さに拍車をかけていく。

 

物語の主人公である少年がこれまで生きてきた軌跡には

多くの選択肢があった。家庭環境を選べない点以外には。

 

父を殺して初めて少年は気づく。

少年を構成する多くの要素は、憎い父から受け継いだものだった。

肉体的要素だけでなく、判断価値、行動基準、思考法の隅々にわたり

自分の中に父が生き生きと生きていた。

それは殺したことによって、あるいは殺さなければわからなかった亡霊だった。

 

殺しても終わらない、憎い父の連鎖。自分にうつされた鎖。

逃げられないのだ。この世のどこからも逃げることができないのだ。

 

殺したことは少年にとって終わりであり始まりになるはずだった。

でもなにもかわらない。

自分の中に父の遺伝子はうつされ、今日を生きている。

 

教育とは、家庭とは、人を殺してはいけない理由とは。

不遇な環境に苛まれたときにそこから這い上がるすべとは。

作者なりの、あまりにグロテスクな描写が際立って

その主張はどうにも後ろに下がってはいるが

かきわけた向こう側に苦しいほどに述べられている。

 

作者は近年うつ病を患っていたそうだ。

一時はヒットを連発していたはずだが

知らぬ間に本が読まれない時代を迎え、

過去の時代へと消え去ろうとしている。

 

今、このような本は出版されない。

ゆらめく命の輪郭を、その燃える様を、そしてそのともしびが風に消える瞬間を

こんなにも書ききる人はいない。

 

人の業とは、人の宿命とは、ただ命をつなぐことではないのだ。

 

 

 

ゴールドラッシュ (新潮文庫)

ゴールドラッシュ (新潮文庫)